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実はこの方も!海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)前編

海外の海洋散骨の例に着目すると、非常に多くの芸能人・有名人が海洋散骨されていることに気付かされることでしょう。宗教や国ごとの価値観が異なっていても葬送に対する考え方は共通する部分があることも注目に値します。海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)前編として、フリードリヒ・エンゲルス、マハトマ・ガンディー、ウィリアム・ボーイング、ヴィヴィアン・リー、劉少奇(りゅう しょうき)、ジャニス・ジョプリン、マリア・カラスの海洋散骨の詳細を以下にご紹介していきたいと思います。

Contents

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)① フリードリヒ・エンゲルス

職業:政治思想家・ジャーナリスト

生年-没年:1820年11月28日 – 1895年8月5日

散骨場所:イギリス・ドーバー海峡沖

逸話:フリードリヒ・エンゲルスは、マルクスを公私に渡って支え続け、(マルクスと共に)共産主義の理論を世に打ち出し、社会主義運動を推進しました。マルクスの遺稿をもとに『資本論』第3巻を刊行した約1年後に喉頭癌で死去。社会主義運動家によってエンゲルスの立派な墓石を建立しようという動きもありましたが、エンゲルスの遺言により、遺体は荼毘に付され、遺灰は彼の愛したドーバー海峡に面するイーストボーンの沖合に海洋散骨されました。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)② マハトマ・ガンディー

職業:政治指導者・弁護士・宗教家

生年-没年:1869年10月2日 – 1948年1月30日

散骨場所:インド(ガンジス川・ヤムナー川)・南アフリカ共和国(ダーバン沖)

逸話:マハトマ・ガンディーは、インドでは親しみをこめて「バープー」(父親の意味)とも呼ばれるインド独立の父です。「不服従運動」や「非暴力主義」で独立運動を指導しました。インド・パキスタン戦争さなかの1948年1月30日、ニューデリー滞在場所であるビルラー邸の中庭でヒンドゥー原理主義団体の民族義勇団によって暗殺。ガンディーの葬儀は死去翌日に国葬として営まれました。ガンディーの遺体はヤムナー河畔のラージガート火葬場にて荼毘に付され、遺灰はガンジス川とその支流のヤムナー川に散骨されました。没後62年には、政治活動(弁護士として人種差別に反対)を行った南アフリカのダーバン沖にも海洋散骨されています。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)③ ウィリアム・ボーイング

職業:実業家

生年-没年:1881年10月1日 – 1956年9月28日

散骨場所:カナダブリティッシュ・コロンビア州

逸話:ウィリアム・ボーイングは航空機メーカーであるボーイングの設立者です。1934年に航空事業から引退し、晩年は不動産開発や馬の繁殖に勤しんでいました。1956年、ヨット中に心臓発作で死去。遺灰はボーイングが愛したカナダブリティッシュ・コロンビア州のヨット場に海洋散骨されました。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)④ ヴィヴィアン・リー

職業:女優

生年-没年:1913年11月5日 – 1967年7月8日

散骨場所:サセックス州・ティッカレジ・ミル湖

逸話:ヴィヴィアン・リーは、『風と共に去りぬ』(1939年)のスカーレット・オハラ役と『欲望という名の電車』(1951年)のブランチ・デュボワ役でアカデミー主演女優賞を受賞した映画スターです。1967年7月7日、結核の再発により死去。遺体はロンドンのゴルダーズ・グリーンで荼毘に付され、その遺灰はヴィヴィアン・リーの遺言でイングランド南東部にあたるイースト・サセックスのブラックボーイズ近くにあるティッカレジ・ミル湖に散骨されました。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)⑤ 劉少奇(りゅう しょうき、リウ・シャオチー)

職業:政治家

生年-没年: 1898年11月24日 – 1969年11月12日

散骨場所:中国領海内

逸話:劉少奇は、第2代中華人民共和国主席(国家主席)を務めた中華人民共和国の政治家。中国共産党での序列は毛沢東党主席に次ぐ第2位でしたが、文化大革命の中で失脚。寝台に縛りつけられて身動きができぬまま、暖房もないコンクリートむき出しの倉庫部屋に幽閉されて非業の死を遂げました。毛沢東の死後、鄧小平が実権を掌握していた第11期5中全会において除名処分が取り消され、名誉回復を果たしました。劉少奇の遺言に従い、王光美(おう こうび、ワン・クァンメィ)らによって遺骨は中国海軍の艦艇から海に海洋散骨されました。遺灰袋は国家博物館に所蔵されていましたが、現在は湖南省の劉少奇博物館で(遺灰袋に)王光美さんの遺骨を入れて合葬されています。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)⑥ ジャニス・ジョプリン

職業:歌手

生年-没年:1943年1月19日 – 1970年10月4日

散骨場所:カリフォルニア州・マリン郡スティンソン海岸沖の上空

逸話:ジャニス・ジョプリンは、優れた歌唱力と個性的なハスキーボイスを持ち合わせた音楽史上最高の女性スター。1970年10月4日、アルバム『パール』の録音のため滞在していたロサンゼルスはハリウッドの現ハイランド ガーデンズ ホテル(当時の名称はランドマーク・モーター・ホテル)105号室のベッド横の床に倒れて死亡しているのが発見されています。享年27歳。傍らには4ドル50セントと封の切られていないマールボロが一箱残されていた話は有名。遺体は火葬され、その遺灰は事件9日後の10月13日カリフォルニア州、マリン郡スティンソン海岸沖の上空から太平洋へと海洋散骨されました。

海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)⑦ マリア・カラス

職業:ソプラノ歌手・オペラ歌手

生年-没年:1923年12月2日 – 1977年9月16日

散骨場所:ギリシャ・エーゲ海

逸話:マリア・カラスは、「ディーバ」を体現する史上最も偉大なオペラ歌手。1977年9月16日、隠棲していたパリ16区の自宅にて53歳で死去。死因は心臓発作とされていますが、カラスと個人的な親交もあり、オペラ演出家としても名高いフランコ・ゼフィレッリはマリア・カラスの遺産を横領したヴァッソ・デヴェッツィ(ピアニスト)による毒殺説を唱えています。遺灰はペール・ラシェーズ墓地に一旦は埋葬されましたが、遺言により1979年に出身地であるギリシャ沖のエーゲ海に海洋散骨されました。

まとめ

ここまで「海洋散骨された芸能人・有名人(海外編)」を紹介してきました。散骨をされた芸能人や有名人は多数いますが、中でも海洋散骨を選択した人々を選んで列挙してみました。世界のトレンドを鑑みても、海洋散骨はもはや特別な葬送方法ではなくなってきていることが伺えます。この記事が皆様それぞれに適した供養を選択する上でお役に立つことができたら嬉しいです。お読み頂きありがとうございました。

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